ガソリンの品切れ状態、鉄道も間引き運転、輪番停電で停電時間を気にしながらの生活。(都内は輪番停電なかったようですね。埼玉はいざとなったら切り捨てられる地域なんだということはこの時、よくよく理解させていただきました。)日を追うごとに悪化する福島第一原発の惨状、それに輪をかけた放射能汚染。浄水場の水の汚染やホットスポットなど不安をあおる情報が錯綜していました。
出入りの業者は家族を名古屋に疎開させたといいます。
「本当。えらい思い切ったね。」まるもりは彼に言いました。
「いや、うちの会社の連中は結構避難させてますよ。ガソリンはないわ、電車はうごかないわ。水から地面、大気まで汚染されているんですよ。4号機の使用済み核燃料が放出されたら関東がどうなるかもわからないらしいじゃないですか。本当に避難しなくちゃいけなくなったときは移動手段なんか無くなって、もう身動きとれなくなってますよ。自分は仕事と生活があるからこっちに残っていますけど、子供と家族はね.....。」
「そうなんだ。でもそうなったら日本自体がどうなってるかもわからないんじゃないかな。」
「15日すぎから海外への飛行機もほとんど満席らしいですよ。わかっている人は逃げ出しているんですよ。ぼくも名古屋のウィークリーマンション借りましたけど、西は避難の人たちでどこもいっぱいみたいですよ.....。」
「じゃあ、今更うごいてももうどうしようもないってことじゃん。なにかあったら僕は家族と埼玉で最後を迎えるしかないね。」
「いや、まるもりさん。ここ数日間でわかったでしょう。ここらへんはもう陸の孤島になってる。何かあったら交通手段はどこもキャパを超えてしまって逃げ出せないでしょう。ご家族だけでもいまのうちにかんがえたら?」
「まあ、考え方は人それぞれさ。自分は自分を信頼して仕事を回してくれるお客さんがここに来てくれるかぎりはここにいるさ。家族を逃がすだけの君ほどの甲斐性がないのが情けないところかもね。」
そういってまるもりは自傷ぎみに彼に微笑みました。実際、彼の行動は間違っていません。最終的に自分と家族を守るのは自分自身です。でもまるもりは西へ自分が逃げる気は起きませんでした。
こんなことが起こる直前に競売で物件を落として、この騒ぎで地震でどうなっているかも確認できない状態という笑うしかない現状もありましたが、仕事を投げ出して逃げなくてはならない状況とは思えなかったのです。(明らかになった当時の状況を詳細を見ると彼の選択も決して誤りではなかったとおもいますが...。)
また妻が逃げたいといえば逃がしたでしょうが、妻も逃げることは考えていないようでした。妻としては障害のある下の娘を受け入れてくれている今の小学校やコミュニティーからまた新しいところで関係をつくっていくことの困難さを心配していたのかもしれません。
そしてまだまるもりは、この国と社会を信じていたいと思っていたのかもしれません。